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地域 新聞 セット 社説 社休 コラム 朝発行数
北海道 北海道新聞 me     卓上四季 (121万)
  北海タイムス 朝単       (18万)
  室蘭民報 me ×   忙中閑 (6万)
  十勝毎日新聞 ナシ ×   編集余録 (8万)
  朝日・札幌 me     -- (17万)
  毎日・札幌 me     -- (7万)
青森 東奥日報 me     天地人 (26万)
岩手 岩手日報 me 論説   風土計 (22万)
秋田 秋田魁新報 me   月休 北斗星 (26万)
山形 山形新聞 me (共) 日休 談話室 (22万)
宮城 河北新報 me     河北春秋 (50万)
福島 福島民報 m 論説 日休 あぶくま抄 (30万)
  福島民友 me   月休 編集日記 (20万)
群馬 上毛新聞 朝単 論説(共)   三山春秋(さんざんしゅんじゅう) (29万)
栃木 下野新聞 朝単 論説(共) 日休 雷鳴抄 (29万)
埼玉 埼玉新聞 朝単 ×   さきたま抄 (16万)
茨城 茨城新聞 朝単 論説(共)   いばらき春秋 (12万)
千葉 千葉日報 朝単   月以外 忙人寸語 (19万)
東京 東京新聞 me     筆洗 (69万)
  朝日・東京 me     天声人語 (842万)
  毎日・東京 me     余録 (396万)
  読売・東京 me     編集手帳 (1018万)
  産経・東京 me 主張   産経抄 (194万)
  日経・東京 me     春秋 (298万)
神奈川 神奈川新聞 朝単     照明灯 (24万)
新潟 新潟日報 me     日報抄 (49万)
長野 信濃毎日新聞 me     斜面 (45万)
  伊那毎日新聞 セット 社説 社休 コラム 朝発行数
山梨 山梨日日新聞 朝単 論説(共) 土日月 風林火山 (20万)
静岡 静岡新聞 me (共)   大自在 (72万)
岐阜 岐阜新聞 me (共)   編集余記 (16万)
愛知 朝日・名古屋 me     -- (30万)
  毎日・名古屋 me     -- (10万)
  読売・名古屋 朝単     -- (12万)
  中日新聞 me     中日春秋 (250万)
石川 北陸中日新聞 me     -- (12万)
  北國新聞 me     時鐘 (35万)
富山 富山新聞 朝単     -- 北國と+
  北日本新聞 me (共)   天地人 (22万)
福井 福井新聞 朝単 論説   越山若水 (19万)
三重 中日・三重 me     -- (30万)
  伊勢新聞 朝単 論壇 月以外 大観小観 (10万)
滋賀 京都・滋賀 m     -- 京都と+
京都 京都新聞 me     凡語 (50万)
奈良 奈良新聞 朝単 ×   國原譜(くにはらふ) (12万)
大阪 朝日・大阪 me     -- (78万)
  毎日・大阪 me     -- (57万)
  読売・大阪 me     -- (96万)
  産経・大阪 me     -- (69万)
  日経・大阪 me     -- (27万)
兵庫 神戸新聞 me     正平調 (52万)
和歌山 読売・和歌山 me     -- (12万)
  紀伊民報 夕単 水以外 水鉄砲 (4万)
岡山 山陽新聞 me     滴一滴 (44万)
広島 中国新聞 me     天風録 (73万)
  毎日・広島 朝単     -- (5万)
  読売・広島 朝単     -- (16万)
山口 山口新聞 朝単 視点論点 日月休 四季風 (8万)
鳥取 日本海新聞 朝単 (共)   海潮音 (16万)
島根 山陰中央新報 朝単 論説(共)   明窓 (17万)
香川 四国新聞 朝単 ×   一日一言 (21万)
愛媛 愛媛新聞 m     地軸 (32万)
徳島 徳島新聞 me     鳴潮 (24万)
高知 高知新聞 me     小社会 (23万)
  毎日・高知 朝単     -- (0.8万)
福岡 西日本新聞 me     春秋 (85万)
  朝日・福岡 me     -- (35万)
  毎日・福岡 me     -- (31万)
佐賀 佐賀新聞 朝単 論説 月休 有明抄 (14万)
長崎 長崎新聞 朝単 論説(共)   水や空 (19万)
熊本 熊本日日新聞 me     新生面 (39万)
大分 大分合同新聞 me 論説(共)   東西南北 (24万)
宮崎 宮崎日日新聞 朝単 (共) 月休 くろしお (32万)
鹿児島 南日本新聞 me   月休 南風録 (40万)
  鹿児島新報 朝単       (4万)
沖縄 沖縄タイムス me     大弦小弦 (19万)
  琉球新報 me     金口木舌 (19万)
== 日経産業新聞 朝単 ×   × (23万)
  日刊工業新聞 朝単   火休? 産業春秋 (54万)
  ビジネスアイ 朝単 ×   × (41万)
  日経流通MJ 朝単 ×   × (31万)
  日本農業新聞 朝単 論説   四季 (43万)
  公明新聞 朝単 主張 日休 北斗七星  
  しんぶん赤旗 朝単 主張   潮流  
  赤旗・日曜版 朝単 ×   ×  
  自由民主 朝単 主張   せいりょう  
  社会新報 朝単 主張   偏西風  
  全日教連教育 朝単 ×      
  新聞全教 朝単 ×      
  朝日全 m     --  
  朝日全・多摩 m     --  
  新聞協会報 朝単 ×      

  • 部数の( )内は1998年版「全国新聞ガイド」より
  • 社説の(共)は共同の可能性のある社説
  • 全国紙東京版は東京版ではなく各紙の国内総数



リンクが外れているのがあったら教えてください。けっこうよく変更があるので。
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  • とりあえず下書きレベルの覚書です。でも、公開しちゃいますけど。まあ、永久に完成しないページでしょうし。
  • なるべく平易に書くつもりです。難しいことを易しく書くことは一種の詐欺でもありますけど、難しくしか書けないこともまた自分で消化できていないということかなとも思えるので。
    • ということで(どういうこと?)、あまり他の本とか意見とかを参照しません。なんとか自分自身の中にあるものを分析していくことだけで書いていこうとしています。一種の自分に対する実験でもあります。だから、独断と偏見の部分は強くなりますし、あまりにも初歩的な部分での考え違いもあるだろうと思いますが、その辺は「どこかで気づくだろう」と笑って見守ってやってください。少しずつ完成度を上げていきますので(つもり、ですが)。

新聞の重要な役割に行政への批判というものがあると思われます。
  • 社会の問題を浮き彫りにすること。
    • 世論を動かし、その問題点を解決するきっかけとなるのも新聞などの報道。
    • それだけに、報道の自由は重要。
とは言うものの、現在の日本は格差はあれど、それなりに豊かな社会。
  • どんな社会でも細かな問題点はあるのでそれを報道するのは当然。
    • 細かなというのは語弊がありますね。体制の問題というよりも、個人の精神(こころ)の問題が重要になってきているのだと思います。
      • 心の問題は個人の問題。どれほどきちんとした体制を整えても、これは発生し続けるものでしょう。
    • あるいは大きな問題ではなく日常的な細かな話題が大きく取り上げられるようになったとも。
    • 中国産ギョーザの問題などたとえば中国側は「日本は騒ぎすぎ」ともコメントしていたりするようです。「なぜそんな言い方をするの?被害があったのに」というのが日本側の感覚でしょうが、中国ではいまだジャーナリズムが扱うべき大きな話題が充分に残っており、こういう日常的な話題はそうそう大きく取り扱わないものだという意識があるのやもしれません。そこらへんに格差というか、ズレが発生している可能性はあります。
    • 教員の不祥事や体罰なんかも今はすぐに新聞沙汰となり、その教師の一生を壊してしまいがちですが、こういうのは或いは地域や学校内で「今度から注意してくださいね、何度もやってるとクビにしますよ」とたしなめる程度ですませるべきものかもしれません。報道機関が扱うべき話題が小さく細かくなっているのはたしかなような気がします。(そのことの良し悪しはここでは語りません)
    • 報道による体制への批判がしにくくなっているのではないでしょうか。
      • もし報道が衰退しているとするならば、その辺は大きな原因なのでしょう。
      • 豊かすぎる社会では報道の意義が減じるのかもしれません。
  • でも、世界を見渡したら、いくらでも問題はあります。
    • 戦争・紛争、飢餓、
    • これからの新聞報道は世界をひとつの「体制」と考え、世論を、世界を動かしていくようになっていくことが生き残る道なのかもしれません。
      • 視点のグローバル化。
      • 言語のグローバル化。
      • 紙面のグローバル化。
ジャーナリズムの最終的な着地点は、少しでもより良いと(とりあえず多くの人に)感じられる世の中にしていくことなのだろうとは思います。
  • そのために、「ちゃんと見てるよ」という態度を示していくことなのだろうと。それはべつに行政相手に限りません。そう…、ジャーナリズムとは態度・姿勢を示すということなどでしょう。結局のところ、何らかの圧力源となることがジャーナリズムなのでしょうか?
  • ちゃんと見ているということを示すためには、ただの悪口では無理です。それは不快に感じさせることができても、脅威とはならないでしょうから。
    • そのための手法が、取材であり、調査なのでしょう。ここは一種の「科学」*1となります。
  • 新聞社をはじめとするメディアは、一般人にはない多大な組織力を持っています。これは上記の手法を採るには非常に大きな武器となります。新聞の信頼感はとそういうことなのでしょう。大きな武器を持っていますよ。これはそれなりの実績がありますよ、と。中身は所詮人間が作っているものであり、頭から信用することは危険でもありますけど、「朝日新聞」という組織が書きましたよ、というラベル自体が信頼感ということになります。
    • 記事そのものを読んでも、それにどれほどの裏付けがなされているのか判断はなかなか難しいでしょう。特に畑違いのじゃんるであるならば。で、一般人は、ほとんどのできごとについて畑違いなのです。
      • まず語り口は重要でしょう。悪口雑言の繰り返しで品がなければ、どれほどの裏付けをその人が持っていても、おそらく信頼感は得られないでしょうから。逆に言うと、信頼感を得るためには口が上手だったらそれだけであるていどなんとかなってしまうという面もあります。詐欺師はおおむね口がうまいですものね。
      • そこでラベルが重要にはなるわけです。
  • 最終的な着地点が「みんなの幸せ」であるならば、権利の問題なども比較的考えやすくなるかもしれません。
    • 報道の自由はどこまで許されるかということについて、多くの人の幸せということを考えたら、芸能人の私生活などはさほど重要ではなく、政治家の私生活はそれなりに重要であるとは考えられます。
      • もちろん、ゴシップを知ると幸せを感じる人々はいるでしょうが、意味合いの異なる幸せですね。
    • もちろん枝葉末節、くだらないことまで見ているという姿勢はすべての人間にとっての抑止力になり得ますが、それはうっかりすると人を不幸にすることにもなり得ます。その個人の不幸(報道され、うっかりすると社会的に抹殺される)が多くの人の幸福につながるものであるかどうかの判断が必要となるでしょう。
      • ジャーナリズムとしての力を上げるためには大きな出来事はできるだけ細かく、市民の細部にわたる報道は控えめにするのがひとつの方法であるかもしれません。
      • 小さなできごとの報道は人が読んで嬉しくなったり、ニヤリとできたりするものに限るのも悪くないかも。

*1 : 科学とは、ものごとを客観的・普遍的に検証しようとするための考え方、その手法のことだと考えます。

※ とりあえず、ランダムに情報を集めていきます。
  • http://www.jomo-news.co.jp/
  • 群馬県の県紙
  • 一面コラム「三山春秋」の題名の謂れは、上毛三山と呼ばれる「赤城山」「榛名山」「妙義山」の三つの山のことだそうです。コミックス「頭文字D」の舞台ですね。走り屋の聖地のようです。
  • 尾瀬をかかえており、環境に関する意識も強いようです。
  • かつて養蚕が盛んだったので、その歴史を描く記事には力が入っています。
  • 群馬といえば「カラッ風」と「カカァ天下」ですが、ことにそんな話題が多いわけではないようです。地元の人にとっては当然だから?もちろん、言葉はよく出てきているのでしょうけど?

群馬県について

  • 温泉の人気投票「にっぽんの温泉百選」(観光経済新聞社)で草津温泉が一位(2007年)。
  • 「車上狙い 警報マップ」(上毛新聞2008.02.16)車上狙い被害の半数が無施錠だったそうです。こちらの方では無施錠はちょっと考えられません。これまで安全で安心な土地柄だったのでしょうね。
※ とりあえずランダムに情報を集めていきます。
  • http://www.nara-np.co.jp/
  • 遺跡等の発掘情報は非常に多い。
  • 長期の連載が多い。
    • こういう紙面の作り方は、個人的には好きです。
  • 印刷の品質はあまり良くないのだろうと思います。でも、そのおかげで写真にいい感じのボケ味が出ていてけっこう味があって好きです。
  • 総じて奈良新聞は好きな新聞かもしれません。
※ とりあえず、ランダムに情報を集めていきます。
  • http://www.kyoto-np.co.jp/
  • 同じ古都でも奈良とまた異なり、華やかな感じの記事が並びます。
  • 発掘もありますが、それよりもお寺など現存する文化財の記事が多いような気がします。
新聞を読むことについての意見を集めてみます。このページにまとめるか、ひとつずつ投稿していくかは未定です。

下の引用は南日本新聞2007.12.04朝刊 読者モニターのコーナー「南日本新聞を読んで」 小野みどりさん(消費生活コンサルタント) 「『知る』から『考える』へ」より
新聞は情報の宝庫であり、それを読むことは社会参加にもつながる。しかし、私は、新聞が社会の情報を伝達する機関にとどまらず、「考える」ことの大切さをも伝える場であることを希望する。


・新聞を読むことは社会参加につながる
・「考える」ことの大切さを伝える場
ネット時代にこそ新聞のいいところを考えたいと

今後も追加、修正していきたい項目です。

話題が広い
あらゆるジャンルがある。
世界中の話題がある。
世の中のことがだいたいわかる。
こまかな話題も多い。
ローカルな話題がある。地域に密着した話題では地方紙に勝るものはないと思われる。
事実だけではなく、意見などを知ることができる。
点の情報が線につながるりやすい構成(思いがけないつながりを発見しやすい)。

わかりやすい
わかりにくいことはわかりやすく読めるよう工夫してくれている。
見出しがある。
記者も特定のジャンルに関しては素人のことも多いのでかえってわかりやすい場合も多い。
最近の風潮としてよりわかりやすい表現を取ろうとしている(逆に物足りない面も発生しているが)。
テーマごとに集めてくれている(経済面、政治面など)。
図、表・グラフがある。
レイアウトに工夫がある。
かなり分かりやすい文章・日本語であること。
新語紹介、解説などがある。

一覧性がある
様々な情報が一定のスペースに収まり、一目でわかる。

「読む」という行為が発生する
「読む」ことは「考える」ことでもある。
ネット上の文章は「読む」というより「読み流す」あるいは「眺める」という感じになりがちか。
所詮人が作るものなので完全な信頼性のないところが逆におもしろさでもある。
読むことの醍醐味がある。味がある。

読み較べしやすい
見出しの差で即違いがわかる。
その気になればデータ等ですら恣意的に書き手の見方を入れられるので見比べると面白い。
社説等を使うと簡単に違いがわかる。
いくつかの記事を読み比べすることでようやく事実が見えてくることもある。
メディアリテラシーの訓練に良い(実地でもあるが)。
記者の主観や取材深度に差がある。
扱いの大きさの差で重要度がわかる(かもしれない)。

新しさ
ネットほどではないが、それでも新しい。
新しいデータをゲットできる。

臨場感
素材性が高い。
原則的に記者が現場で取材している。
写真がある。

読みたいときに読める
興味ある部分(ニュース)だけ読むことができる

保存しやすい
紙という素材は簡単には消滅せず、意外に保存に向いている。
活字なので、記憶が残る(ディスプレー画面だとその場限り)。
まとめて手元に置ける(大量の場合、場所をとるが)。
保存性の高さは記録性の高さでもある。

続報性
後追い記事も読める。

携帯性
紙という素材は雑に扱える。
どれほど折りたたんでも壊れたりはしない。
紙メディアは本質的にモバイルかと(豪華にしなければ、ですが)。

学習の素材にしやすい
中高生くらいなら読解は充分可能。
読む力がつく。
書く力がつく。
新聞記事だからこそ考える材料に適しています。
事象のより深い理解をするために。
娯楽小説ですが考えさせられました

ちょっとおもしろい文章を見つけました。作品そのもののおもしろさとはまた別ですけど…。いや、けっしておもしろくないというわけではないですけど…。
ジュール・ヴェルヌの『20世紀のパリ』(ブロンズ新社、菊地有子訳)という小説の登場人物の一人が語っていました。
長いですが引用します。
昔ならジャーナリストになれただろう。君の言うとおりだよ。だが、それは新聞を信じて、政治にかかわっていた中産階級がいたころの話だ。今は、いったい誰が政治をやるかね。国外の情勢はどうだい。何もない。もはや戦争はありえないし、外交もすたれてしまった。国内はどうだろう。まったく平穏そのものだよ。<中略>もう誰も選挙で熱狂しない。国会議員の息子が父親の跡を継ぎ、まるでおとなしく勉強する子どものように、静かに立法者の職を全うしている。<中略>ジャーナリズムはもう二度と成立しないだろう。百年前に、ジャーナリズムを濫用したせいで、その報いを受けているのだ。読む者がいなくなり、その代わり、誰もが書くようになった。<中略>さて、こうした新聞の濫用が、ジャーナリズムに死をもたらしたのだ。なにしろ、書き手の方が読者より多くなったのだからね。(p.160~161)

ヴェルヌは1860年頃に百年後を想像しつつこの文章を書いたのですが、まるで今のようではあります。
ジャーナリズムの衰退というのはそこはかとなく感じられないでもありませんが、政治の衰退と軌を一にしているのかもしれません。最大の原因なのかも。ジャーナリズムの責務として政治をチェックするということはあるわけですから。
また、ネットの隆盛により誰もが発信するようになったこともあるでしょう。そう考えると、新聞はネットに迎合するよりも、対決していくべきではなかったかとも思えます。ネットと新聞の違いを思い知らせるくらいの気概で。
ネットと共存しようとしつつある新聞を素材としてはいますが、切抜き速報自体は対決姿勢を取ってもいいように思います。紙メディアだからこそいい。そんな部分を前面に押し出して。

もうひとつおまけに引用しておきます。
企業家にとっては、育てるのも建てるのも同じことなのである。実のところ、教育はいささか堅牢さには欠けるが、建設の一分野にすぎないのである。(p.19)

経済こそがすべてに優先する世界。ぼくらの世界もヴェルヌの予想よりは歩みは遅いですが、同じ方向に向いているとは思います。ある意味さっぱりした世界ではあります。そんな世界での、ジャーナリズムのありようとは?日経新聞なんかがひとつの解答であるかもしれません。
経済という面に特化することができるゆえに思い入れなしに冷静に報道しているようにも見えます。

20世紀のパリ
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※ 新聞協会のサイトを参照しました


代表語以外に毎年かなりの数の標語が発表されます。

新聞週間代表標語一覧

第59回(2006年度)
あの記事がわたしを変えた未来を決めた

第58回(2005年度)
「なぜ」「どうして」もっと知りたい新聞で

第57回(2004年度)
一面から 読むようになった 十五の夏

第56回(2003年度)
広げれば 時代にアクセス 暮らしにプラス

第55回(2002年度)
知りたい 本当のこと だから新聞

第54回(2001年度)
改革の時代を見つめるたしかな目

第53回(2000年度)
激動のネット社会に確かな活字

第52回(1999年度)
新世紀かわる社会に変わらぬ使命

第51回(1998年度)
混迷の世に新聞があり明日がある

第50回(1997年度)
新聞が高める社会の透明度

第49回(1996年度)
情報を選ぶ時代の確かな新聞

第48回(1995年度)
新聞は歴史の検証未来の指標

第47回(1994年度)
今日を読む世界が動く自分が変わる

第46回(1993年度)
ふるさとを世界の視野で再発見

第45回(1992年度)
新聞が守る地球 人 未来

第44回(1991年度)
住む町も世界も見える今日の記事

第43回(1990年度)
変革の明日へ確かな今日の記事

第42回(1989年度)
明日を生む記事の確かさ温かさ

第41回(1988年度)
新聞はひるまずおごらずかたよらず

第40回(1987年度)
新聞がある信頼がある自由がある

第39回(1986年度)
報道に強さ確かさあたたかさ

第38回(1985年度)
新聞で確かな情報豊かな選択

第37回(1984年度)
新聞は情報社会の正しい目

第36回(1983年度)
書く勇気伝える真実待つ読者

第35回(1982年度)
新聞が大きく育てる小さな主張

第34回(1981年度)
知る権利守る新聞支える読者

第33回(1980年度)
新聞はきょうの目あすの目未来の目

第32回(1979年度)
新聞と読者でひらく八〇年代

第31回(1978年度)
新聞で世界と語る考える

第30回(1977年度)
よい新聞育てる読者のきびしい目

第29回(1976年度)
新聞で育つ世論が政治を正す

第28回(1975年度)
新聞は記事に責任主張に誇り

第27回(1974年度)
新聞が守るなんでも言える国

第26回(1973年度)
新聞は地球を守るみんなの目

第25回(1972年度)
真実を伝える勇気が生む信頼

第24回(1971年度)
新聞は世界の対話を生む広場

第23回(1970年度)
新聞はきれいな地球の見張り役

第22回(1969年度)
新聞は宇宙も世界も見える窓

第21回(1968年度)
新聞が守る秩序のある社会

第20回(1967年度)
新聞が育てる未来の人と国

第19回(1966年度)
新聞で見る知る正しく批判する

第18回(1965年度)
新聞の勇気が守る世界の平和

第17回(1964年度)
新聞で育つ若い芽正しい目

第16回(1963年度)
新聞は「小さな善意」の大きな味方

第15回(1962年度)
新聞が日ごとにひらく新時代

第14回(1961年度)
新聞は動く世界の正しい目

第13回(1960年度)
新聞はゆれる社会のゆるがぬ指標

第12回(1959年度)
真実の記事に世論がこだまする

第11回(1958年度)
新聞が果たす世界の話し合い

第10回(1957年度)
報道には大胆
人権には小心

第9回(1956年度)
新聞にきょうも生きてる民の声

第8回(1955年度)
新聞は世界平和の原子力

第7回(1954年度)
新聞は正しい政治の見張り役

第6回(1953年度)
報道の自由が守る・知る権利

第5回(1952年度)
揺らぐ世界に揺るがぬ報道

第4回(1951年度)
新聞が結ぶ人の和世界の和

第3回(1950年度)
新聞は民主社会の安全保障

第2回(1949年度)
自由な新聞と独裁者は共存しない

第1回(1948年度)
あなたは自由を守れ新聞はあなたを守る
本の帯文は「大学をやめて新聞屋になる」でした。

文明批評家としての夏目漱石の文集だそうです。

ジャーナリスト漱石 発言集 (朝日文庫 ま 26-1)
ジャーナリスト漱石 発言集 (朝日文庫 ま 26-1)牧村 健一郎

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他のサイトへのリンクというだけではなく 新聞そのものへの玄関となっていければいいなぁ そんな意味で
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